財団法人福井県大学等学術振興基金助成事業
(2001年4月〜2003年3月)
地域における生活権保障をめざした地域福祉政策・実践の再構築に向けて
〜在宅介護支援センターの「相談」の意義と目的を中心に考える〜
福井県立大学看護福祉学部 久常 良
福井県立大学看護福祉学部 舟木紳介
はじめに
私たちを取り巻く生活環境は、生活の社会化の進展に伴い、生活問題は深化・拡大している。一方、政策主体の対応は1980年代以降、公的責任のあり方を変質させて、民間の活力を導入する傾向を強化させてきています。特に、社会福祉の基礎構造改革に伴う措置制度および契約利用制度への変更は、社会福祉施策を供給システムから再構築することになり、国民の生存権への保障は、選択の権利へと縮小、歪曲させてきています。
1989年に公的相談機関としての「在宅介護支援センター(以下、支援センター)」の創設は、後に介護保険制度との関係で、専門業務であった「相談」機能の縮小・変質を余儀なくされるが、当初の固有の役割・機能である「小地域でアウトリーチ活動を中心」とする「相談」の持つ意義は大きく、住民の側からの社会福祉への展望に明るさをもたらすものでありました。私たちは、住民に広く、かつ公的で専門家による24時間体制の「総合相談」の持つ意義を、地域福祉の視点である住民主体の原則の実践化を起点に据え、住民自ら生活問題の課題化、すなわち自らかかえる生活困難のアセスメントにおける主体化を通して、問題解決過程の権利主体として、住民をエンパワーメントする第一歩、その土台と考え、支援センターの持つ「相談」の重要性と定着への展望を試みることとなりました。
私たちは、そこで支援センターの位置と機能とそこに関わる専門職(実務者を含む)、相談協力員(民生委員を含む)、65歳以上の高齢者に対する4回に渡るアンケート調査、聞き取り調査、インタビュー調査等の実態把握を試みました。調査に際し、支援センターの実態への検討と私たちの意図するところでの十分たる仮説を用意することなく、調査を実施したこともあって、結果として不十分な面が多々あり、あらためて政策主体の動向、施策の再検討・分析を重ね、さらに文献研究・先行研究にも目を通し、一定の評価並びに問題提起をすることになりました。これらは、私たちの検討課題であり、あらためて現場での実践課題とのすりあわせが必要であることを痛感しております。今後、住民を主体として、地域での福祉力の形成の一助となることを切に願い、報告させていただく次第です。
最後になりましたが、本研究事業実施にあたり、多大なお力添えをいただきました財団法人福井県大学等学術振興基金に感謝いたしますとともに、調査研究にご協力をいただきました支援センター職員、相談協力員、民生委員、地域住民、本学看護福祉学部看護学科および社会福祉学科学生調査員の皆様に心よりお礼申し上げます。
2003年10月
福井県立大学看護福祉学部(主任研究者)久常 良
目 次
はじめに
T 調査の目的と視点
1. 調査研究の目的と視点 1
2. 調査研究の構成 1
3. 調査の対象と方法 2
1. はじめに 4
2. 在宅介護支援センターの政策動向〜「相談」機能の変化を中心に〜 4
3. 先行研究の分析 7
4. はじめに 13
5. 社会福祉政策・実践における「相談」の位置付け 13
6. 社会福祉政策・実践における支援センター誕生の意味 16
7. 地域福祉の向上につながる「相談」とは? 18
W 在宅介護支援センターの役割と機能に関する実態調査報告(1)
1. 問題の所在および調査の目的 24
2. 調査の概要と方法 24
3. 調査結果 24
4. 調査結果の考察 27
X 在宅介護支援センターの役割と機能に関する実態調査報告(2)
8. 問題の所在および調査の目的 36
9. 調査の概要と方法 36
10.調査結果 37
11.調査結果の考察 39
Y 在宅介護支援センタ−の役割と機能に関する実態調査報告(3)
12.問題の所在および調査の目的 49
13.調査の概要と方法 49
14.調査結果 50
15.調査結果の分析 50
16.調査結果の考察 59
17.本調査研究の限界と意図 63
18.研究と実践の協働関係をめざして 63
19.おわりに 64
20.研究成果 65
[ 調査表 66
\ 資料
1. 資料@ 76
2. 資料A 78
T 調査研究の目的と視点
1.調査研究の目的と視点
1989年の高齢者保健福祉推進十ヵ年戦略(ゴールドプラン)策定以降、急速に進む高齢社会に対応するために、社会福祉サービスの市場化、商品化を中心とした福祉改革が、政策者主導で推進されてきた。地域において施設および在宅福祉サービス供給量が増大していく中で、在宅福祉サービスをコーディネートする機関として、在宅介護支援センター(以下、支援センター)が創設され、全国10000か所を目標に各中学校単位を標準として設置が進められた。支援センター事業は、政策者側の主導で推進される一方、専門職者側は、10年間の地域実践の場で、小地域でのアウトリーチ活動を中心とした公的総合相談機関として、その固有の役割と機能を開発・発展させてきたといえる。特に「相談[i]」機能は、地域全体の高齢者への総合的・側面的・協働的支援を実践し、一人一人の地域における生活権保障を実現する大きな可能性を持っていた。また、支援センターの相談事業は、日本で社会的に定着してこなかった対話を基本とした「相談」を社会福祉政策として保障する画期的な施策であり、この対話的実践が「相談」の文化を地域社会全体において定着・発展させる可能性さえ持っていると思われた[ii]。
2000年の介護保険制度導入に伴い、居宅介護支援事業としてのケアマネジメントがスタートした。政策変更は、これまで公的総合相談機関としてその固有の機能と役割を実践してきた支援センターに大きな政策的課題をもたらした。大幅な人件費削減や居宅介護支援事業との兼務といった政策的課題は、支援センター本来の専門的業務であった「相談」機能を縮小化・弱体化させ、多くの実践的課題をもたらしている。本研究は、福井県における支援センターの役割と機能、特に支援センターの「相談」機能の現状と今後の変化を分析、考察を通して、日本の社会福祉政策・実践における「相談」の意義と目的を明らかにすることを目的としている。特に、高齢者の地域における生活権保障をめざした政策・実践のあり方を検討し、「相談」を中心とした地域福祉政策の再構築の重要性を明らかにしたい。
また、アクションリサーチとして、本調査結果を支援センター実務者、相談協力員、地域住民、関連する社会福祉施設・機関専門職に可能な限り公表し、積極的な情報交換および研究交流を呼びかけ、地域住民の地域福祉への参加・交流を図りたい。そして、地域住民が共に自分たちの地域福祉政策・実践を専門職との協働で創るための基礎資料としたい。
2.調査研究の構成
本調査研究報告書は、全Z章で構成されている。第T章は、調査全体の目的と視点について概要を説明する。第U章は、支援センターを取り巻く全国的な政策動向及び実践課題を批判的に検討している。第V章は、我が国の社会福祉政策・実践における「相談」の意義と目的に関する政策動向について批判的に論じる。さらに、地域における生活権保障をめざした「対話的」相談の可能性について試論を検討している。第W章は、地域における生活権保障に関わる支援センターの「相談」機能の重要性を明らかにするために、支援センター職員に対して実施した2つの調査の分析、考察を中心に論じる。第X章は、地域福祉の向上に向けた支援センターのあり方を検討するために、相談協力員に対して実施した調査の分析、考察を中心に論じる。第Y章は、地域の高齢者に対して実施した訪問調査の分析、考察を通して、地域における高齢者の生活権保障をめざした「相談」の役割と機能を検討している。第Z章は、第T章から第Y章の報告全体における残された課題を検討し、今後の研究、実践の方向性について示した。
3.調査の対象と方法
1) 福井県内の全支援センターの実態把握調査(2000年4月〜5月)→第W章参照
福井県内の全支援センター実務者への質問紙による実態調査を通して、機関の業務概要、職員体制を把握するとともに、支援センターの「相談」機能の地域における重要性を中心に現場実務者に対して意識度・実施度調査を実施した。実態調査は郵送によるアンケート調査によった。本調査は、介護保険制度導入直後に実施したため、職員の業務体制については、1999年を基準に回答してもらった[iii]。意識度・実施度調査においても制度導入以前の実践経験が調査結果に影響しているものと予想できる。
2) 支援センター実務者への訪問聞き取り調査(2001年7月〜9月)→第W章参照
福井県内6つの地域の支援センター実務者および1市の基幹型支援センター実務者への訪問聞き取り調査を実施した。併せて県および関係市町村の支援センター担当者への電話による聞き取りを行った。介護保険制度導入後における各支援センターの「相談」活動の現状および役割と機能に関する変化、相談協力員の活動状況、地域福祉活動について実態把握を行った。
3) 支援センターに関する地域人的資源についての実態調査(2000年9月)→第X章参照
県内9つの支援センター担当地域の相談協力員(一部の地域では民生委員のみ)に対しての郵送による全数アンケート調査を実施した。地域の人的資源の活動および支援センターについての認知と理解の実態把握を目的とした。なお、調査終了後、2地区における相談協力員研修会に参加し、調査結果を相談協力員へフィードバックした。協力員からのいくつかの意見を参考として分析に利用した。
4) 高齢者の暮らしにおける相談の役割と機能に関する実態調査(2002年9月〜10月)→第Y章参照
4つの支援センター担当地域について65以上を2段階(65歳以上〜75歳未満、75歳以上〜85歳未満)に分け、1地区1段階から30人ずつを無作為抽出した計240人に対して、半構造的訪問聞き取り調査を実施した。調査員は福井県立大学看護福祉学部学生を中心とした10人で構成されている。本調査に向けて5回の調査員研修会(計24時間)を実施している。聞き取り調査の内容は、対象者本人の承諾の上、録音を行った。2002年9月中旬〜10月上旬とする。
[i] 支援センターの中心的な役割と機能としては「相談援助」が挙げられる場合が多いが、本調査研究では、1996年の全社協が分類した相談援助機能と区別するために、ソーシャルワーカー等の対人援助職が実践する普遍的な意味における「相談」という言葉を使用する。
[ii] 本稿でいう対話とは、古代ギリシャを起源とする哲学的対話のことを意味する。対話の内容については中島が詳しい。平田は、対話が日本社会で定着、発展しなかった理由について、10世紀以降文化的に鎖国状態に入ったため、言語学的観点から見た場合、日本語は西洋を起源とする言語と比較して、対話が起こりにくい形態を維持してきた歴史があり、その後明治以降の近代化、西洋化の時代になり、日本語は言語的変化を必要とするが、「富国強兵」「戦後復興」「高度経済成長」という国家的大目標に向う社会状況において対話を生み出す機会を失ってきた可能性があると述べている。また、本稿で使用する日本および日本社会は、特に明治以降、国際関係における他者との関係が変化するたびに国家としての日本の捉え方、語られ方は変化してきたという理由から、必ずしも定義化できるような固有の事実として日本や日本社会の存在を意味しない。日本社会という大きな枠組みで捉えた場合に、対話が社会的に望まれたり、人々の生活の中で発展することが、西洋諸国と比較すれば少なかったということである。中島義道(1997)『<対話>のない社会』PHP新書,200 平田オリザ(2001)『対話のレッスン』小学館,158-161 国家としての日本、日本社会については、小熊英二(1995)『単一民族神話の起源 <日本人>の自画像の系譜』新曜社 を参考にした。
[iii] 本調査では、管理者に対して全国在宅介護支援センター協議会「平成8年度在宅介護支援センター実態調査」の調査表をほぼ同様の質問項目においてアンケート調査を実施している。本報告においては結果の一部を利用した。本調査結果は全国調査の結果と比較して一部の項目を除いて同様の傾向を持っていた。